英語圏でも忘れ去られている本書が、秀逸な訳者解説と共に翻訳されたことはよろこばしい。英語でpublicという名詞形は、「世論(パブリック・オピニオン)の主体」を意味するが、1925年に刊行された本書は、「世論の主体」としてのパブリック(公衆)が大衆メディア社会の到来によって幻想と化したことを説いた論争的書物である。これに対して、デューイがすぐに『公衆とその諸問題」を著して反論したことは、あまり知られていない。ともあれ、大衆とも知識人とも違う「公衆」を、社会を動かすアクターとしてどう考えるかに関して、リップマンのこの書は常に参照されるべき挑戦的な古典と言えよう。このイシューを公共哲学として活性化させるためにも、久しく絶版になっているデューイのThe Public and Its Problems(1927)と、リップマンが第二次大戦後に著したThe Public Philosophy(1955)の翻訳の復刊を強く望みたい。