このピアニストを見よ。
たぎるようなテンペラメントと、極限まで研ぎ澄まされた抑制。両極端のぎりぎりのものが、アルゲリッチの内面で渦を巻いている。こぼれてきそうな瑞々しさと爆発寸前の緊張が、この人の演奏には内在している。まるで、生まれたばかりの幼子のなかに百年も生きた老人の魂が息づいているようだ。
スタジオ録音では曲をとおして三回、本番と同様に集中して弾くだけ、というのがアルゲリッチのスタイルだ。おそらくこのときもそのやり方を押し通したはずだ。ゆえにセッション録音といっても、この音盤はほとんどライブの感覚で聴くべきだろう。そもそも、マルタの演奏は「どんなときでもライブ」だ。収録は1965年6月23、24、27日に、ロンドンのアビー・ロードのNo.1スタジオでおこなわれた。同年の3月にワルシャワで開催されたショパン・コンクールで優勝して3ヶ月後ということになる。当時、あのコンクールの開催時期は10月(現在)ではなく3月だった。優勝時は23歳。アルゲリッチはEMIの熱意にほだされてこの録音をすることに同意したが、何年かまえにいったんドイツ・グラモフォンと契約を結んでいた関係上、この録音は35年の長きにわたって死蔵されることとなる。
こうして聴いてみると、どの1曲をとっても言葉を失うほどの輝きに満ちている。
ショパン・コンクール・ライヴ盤にも、そしてその2年後にグラモフォンからリリースされたショパン・アルバムにも収録されておらず、ここでしか聴けない曲がある。夜想曲第4番だ。彼女が紡ぎだすこの小品の3分35秒の宇宙をぜひ味わっていただきたい。