ヒルティの『幸福論』最終巻です。
アランやラッセル、ショーペンハウアー、武者小路実篤、トルストイなど、『幸福論』名著群の中でも随一のボリュームを持つ本書。どうしても読了には時間がかかりますし、内容も深い思索を要求する高度なものですので、読むのにかなり骨は折れますが、それでも頑張って最後まで読んで良かった!!と心から思わせてくれる、素晴らしい作品でした。
本巻は、「二種類の幸福」「信仰とは何か」「驚くべき導き」「『忍びうる者に勇気あり』」「<附>病人の救い」「現代の聖徒」「われらは何をなすべきか」「孫たちに幸いあれ」「より高きを目指して」の9つのテーマから成っています。
ヒルティ自身は敬虔なキリスト教徒であり、自信と責任を持って本書でキリスト教を擁護し推奨しているのですが、同時に(本文を読んでいただかないと誤解を生む表現なので注意が必要ですが)その上で、「信じる宗教の種類は問わない」という極めて柔軟な発言もしているのが非常に印象的でした。そうした姿勢に、彼が本文中で信仰者の重要な心のあり方として述べている、孔子の中庸思想にも通ずるという、バランスの取れた「強固な信念と柔軟さを併せ持つ」態度が体現されていると感じます。この言葉は無宗教の方には理解しにくいかもしれませんが、宗教家には理解できる言葉です。私は、「真の宗教的寛容」とはこのようなバランスの上にしか成り立たないと理解しています。
また、ヒルティは本文中でよく信仰上の体験について「このことは、経験しなければわからない」と述べますが、宗教というのは実際そうした「理解に経験を絶対的に必要とする」要素が必ずあるものだと私も思います。私は仏教徒ですが、経験から、これらの言葉には非常によく共感できます。
そんなこんなで、こういう言い方は不謹慎かもしれませんが、一種「宗教者のあるある本」として「ああ〜ヒルさん(失礼)の言ってること超わかるう〜」とか「こういうことあるよね〜!辛いよね〜!」とか、所々ものすごい共感しながら読みました。そういう意味で私にとっては宗教者として生きる覚悟を改めて固めてくれる本であると同時に、癒しの本でもありました(笑)。
ヒルティは著作を読めば読むほど、「この人と話をしてみたかったなあ」と思わせられる、常識的で温和で、かつ聡明で情熱を持った優れた人格の宗教者です。実現はかなり難しいことですが、宗教者がみなこのような人柄であれば、宗教に対する偏見や誤解は随分と減るだろうと思わせられます。しかもヒルティは、私の大好きなイギリスの桂冠詩人・テニスンを高く評価しているようで、本書中に何回もテニスンの詩文を引用するので、好感度が5割増。友達になりたかった・・とか思いました(勝手に)。
ヒルティには遠く及びませんが、私も「強固な信念と柔軟さ」を身に付けた忍耐強い人間となれるよう、これからも日々精進努力していきたいと思います。
本作は『幸福論』の中でも宗教色の強い作品ですが、無宗教の方でも得るところは大きいのではと思います。