この春日武彦という人、別の本で内田樹と対談しているのだが、そのとき読んでいて「この人医者の癖にひねくれ者だな〜」と思った。宮崎駿が嫌い(これは賛否両論あるだろうが)なのはさておき、臨床の現場でそんな投げやりなことを患者に言っていいのかと、笑っちゃいそうになるほど変わっている。この本は学術的にどうこうというよりも、ひねくれ者が幸福という言葉と出会ったらどのような化学変化が起きるのかということを楽しむ本だと思う。
人間は幸せという状態を何か手にすることが出来るものに物象化したいという欲望にとらわれる生き物である。私は安易に幸せに「なりたい」や幸せが「欲しい」という趣旨の発言をする人を、人間として下に見ていて、幸いなことにそのような人間は周りにいない。そんなことを言う奴ほど幸せについて、真剣に考えたことがないのではないか。
この点について、筆者も同意してくれている。
彼は冒頭で幸福になる方法なんて教えようがない、とまずはっきり断言する。加えて、つつましく生きること、身の丈にあった生活をしていれば幸せになることができる、といった坊さんの説法みたいな論にも違和感を表明し、「論外」といってばっさり切り捨てる。幸福なんて人それぞれであり、教えようがない。その出発点に立った筆者が取る方法、それは「幸福の断片」の記述である。
第1章「幸福の1ダース」で筆者は、彼自身が体験した幸せを感じた瞬間12個を一挙に公開する。こんな風に書くと、いかにも陳腐なエッセイになっていやしないかと思われるかもしれないが、彼自身がそのエピソードをなぜ幸福に思ったか深く内省しているため、けっして飽きさせない。
この「幸福の断片」で筆者が伝えたがっているのは、「幸福のニュアンス」だと思う。幸福のあり方は違っても、それからたちこめる「風味」のようなものは案外みな共感できるんじゃないか?そのことを春日はこのとりとめもないエピソードを通して伝えようとしている。