子どもの頃、幸福の王子はかなしいお話だ思いました。
人のためになることをするのはは立派なことだと
そういう道徳的な匂いも感じた、ちょっとませた子どもでした。
曾野綾子さんの「削ぎ落とされた真実のみ描く」というような文体にまず引かれました。
そして、自分の「しあわせ感」って何に基づいているのか、深く考えたました。
私は宗教というものを持っていません。
でも「神様、助けて」とか「神様、お願い」という都合のいいお願いは
しばしばしているように思います。
空を見上げたりしながら・・・
でも、それは宗教ではなく、ましてや信仰ではありません。
今、私は孤独で寂しい、それでいて他の人と深く関わることを恐れています。
自分が傷つかないように細心の注意をはらいながら、「いい人」でありつづける。
そんな毎日に、心の疲れを感じます。
無心に声に出して読んで、目を閉じる。
そして静かに、今日あったことを考える。
少し、王子とツバメのしあわせを分けてもらうような
幸福感につつまれ眠ります。
私は多くは持っていない。
でも「まごころ」「思いやり」「心遣い」は
つきることなく持っている「幸福」を感じて・・・