カミュは自作に対する完璧主義から、この草稿を小説として世間に発表しなかった。カミュの日記を読むと、この作品を書いている時期と後に小説の処女作として発表される『異邦人』を書いている時期が重なっている。『幸福な死』を執筆中に彼が『異邦人』の文体を発明し、テーマを絞って『異邦人』を書き始めたということは一般的に言われている事である。作品を読んでいても、『異邦人』のような、研ぎ澄まされた感覚からは程遠い。さまざまな問題が乱雑に配置されていて、全体としてかなりまとまりに書く。文章も、主人公メルソー(Mersoleil/太陽と海の合成だといわれている。ちなみに『異邦人』の主人公はムルソーMeursault/死と太陽の合成といわれている)の内省的な部分や彼の人間関係の作り方(『異邦人』に受け継がれている)、自然の描写(『異邦人』というより『結婚』に寄り過ぎている)など、書かれ方が違っていてリズムが悪い。ただ、ドフトエフスキーの『罪と罰』の殺人との類似を持つザグルー老人を殺害するムルソーの幸福(「幸福は金によって買われる」)への意思は、強力で、その追い詰められたさまは、生涯気胸に苦しめられていたカミュの人生を反映しているかもしれない。希望と絶望が入り混じった状態。。。最後にメルソーは死んでしまうが、彼は「幸福」である。幸福についてというよりも、生の問題について考えさせられる。想像以上に読み応えはあった。ただ、盛り上がりに少々欠けるところがある。