幸田露伴を初めて読もうとする人が手に取る本と言えばやはり、代表作と言われる「五重塔」ということになるのでしょうが、
これは露伴にとっても読者にとっても不幸なことではないでしょうか。
というのも、御存知の通り「五重塔」は文語体。
私の世代でもスラスラ読めるようになるまでにはかなりの苦労がありましたから、ましてや、今の若い方では。
パッと見ただけで、あっこれダメとばかりに投げ出してしまうのではないかと心配になります。
露伴と聞けば、難しい!と逃げ出してしまう、食わず嫌いの読者にどうやって読んでもらうか。
このちくま文庫の編者は、思い切って、一大英断を行いました。
日記風の「突貫紀行」を唯一の例外として、それ以外の文語作品を一切排除し、
読みやすい口語体の作品ばかりを収録したのです。
文語体の作品にこれぞ露伴!という傑作が数あることを考えれば、編者は後ろ髪ひかれる思いであったろうと推察されますが、
私にはこれは大変賢明な選択であったと思われます。
というのも、どんな手段を使ってでも、一度読んでもらいさえすればしめたもの。
読者は必ず、露伴ってこんなに面白かったのかと目が開かれ、ファンになってしまうこと請け合いだからです。
例えば、この文庫に収録されている、「観画談」
怪談の傑作としてその名も高いこの作品を一読すれば、
露伴の作家としての力量がどれほど巨大なものであるかが、すぐにお分かりいただけるはずです。
物語の筋立て自体はさほど目新しいものではありません。
露伴の凄さは、物語をつむぎだす言葉そのものにあります。
一見、場違いなほど剛直と感じられる言葉が、ひとつまたひとつと積み重なるごとに
文が異様な妖気を帯び始め、読者を不可思議な幽明境に引きずり込んでゆく。
こんな魔法のような力をもった文章は、現代の文壇にはまず見当たらぬものです。
とにかく一度、勇気をだして露伴の作品を読んでみてください。
同世代の漱石、鴎外より一段格下に置かれがちな露伴ですが、
言葉を巧みにあやつって人に魔法をかける能力を文才と呼ぶならば、
露伴の文才はかの二大巨頭をはるかにしのぐものです。