幸田露伴、幸田文の間で交わされた「会話」は、単なる「しつけ」を超えた人間としての生き方、哲学にまで高められたもののように思えます。
扱われているのは、掃除であり食事であり身だしなみであり言葉づかいであったとしても、そこにはそれ以上の一貫した何かがあります。
筆者は、そうした二人の関係を、主に幸田文の作品を引きながら、丁寧に整理し分析してゆきます。
そして、そこにある文の露伴に対する「畏敬の念」を見ます。
ここにこれがあるからこそ、二人の間の「会話」は「会話」以上の心の交流となりえているのでしょう。
傍目から見れば、文に対する露伴の「しつけ」は厳しすぎるように見えます。
しかし、そこに「畏敬の念」を介することによって、それは露伴の哲学の文への伝承になります。
筆者は、所々で、現代の育児や教育にも言及していますが、参考にはなってもそのまま適用は出来ないように思います。
それは親子の関係において、それだけの強い絆が構築されていなければならないからです。
それぞれの章の終りに「露伴語録」とその解説が付されています。
なかなかこの親子のような関係は築けなくとも、こうしたことを頭において、育児、教育にあたるのは、大いに意味のあることのように思えます。
非常に体系だてて良く纏まった著作だと思います。