思わずうなってしまうほど素晴らしい本です。というのも、単に日本の酪農の問題を個別に論じるだけではなく、人間の開発した技術がなぜこの歪んだ社会を作ったのか、その本質を見事に看破しているからです。しかも、著者は自らその歪みに挑戦し、実績を出し、そして今後の日本における酪農の青写真まで提示しているから本当に驚きです。自然農ならぬ自然放牧は、「牛が開く牧場」(斉藤晶、地勇社)が有名ですが、中洞さんは、その実践をさらに発展させています。
人間とはおかしなもので、経済効率至上主義を謳いながら、実はまったく不経済なシステムでエネルギーを無駄にしています。その原因は、人間の勝手な都合から自然の摂理を無視することにあるでしょう。この本を読んでみると、日本の酪農を例にそのことがよくわかります。
例えば、子牛は生後5~6日しか母乳を飲まされず、すぐに母牛から引き離され人口乳で育てられます(これに肉骨粉が含まれていた)。そして、人間に危害を加えるという理由から、生後1~2ヶ月で角を切られ、傷口を電気ごてや薬品で焼かれます。また、狭い牛舎に過密状態で生活をさせられ、乳量と脂肪分を上げるため高たんぱく高カロリーの濃厚飼料が与えられます。しかも、発情させるためのホルモン剤の注射や人工授精で常に妊娠させられて搾乳を強いられるのです。そのため僅か5~6年(本来は20年程度)で廃牛となるそうです。牛固有の生理・習性無視した、経済効率至上主義のこの飼育方法が、牛たちに過剰なストレスと酷い苦痛を与えているのですね。その結果、病気、異常行動、異常出産などが頻発します。不自然なことをすれば不自然な結果が現れるわけです。
不自然な飼育に必要なのが、海外に依存した配合飼料、飼料添加剤、各種栄養剤、大量の医薬品、高度な治療技術、人工授精師、受精卵移植、糞尿処理機などです。つまり、反自然的な行為の結果を取り繕うために、お金とエネルギーと技術が必要になるわけです。しかも、これだけ多くのお金とエネルギーを使って生産した牛乳が、水やお茶よりも安いのです(牛乳1000mlで200円、お茶500mlで200円、水500mlで250円)。この上、飼料の高騰では、まったく酪農家はやってられませんね。加えて、牛をこのように虐待して得た牛乳が本当に人間にとって体に良く栄養になるのだろうか、という疑問も出てきます。
この日本の酪農に対して、著者の答えは明快です。「田畑にできない山地を生かして牛を自然放牧させ、人が食べられない草を餌に乳を出す。これが日本に適した酪農だ」と。実際、著者は、岩手県の山間部にある牧場で、1年中牛を放牧させて酪農を営んでいます。この結果、餌の調合と給餌作業、糞尿処理などの過重な牛舎作業とそれに伴う費用から解放されました。当然、牛自身も健康になり獣医の世話になることもほとんどなく、その上、自然交配・自然出産で、人工受精も助産の必要もなくなったと言います。自然放牧は何と経済的なのでしょう!
しかし、実際は自然放牧すれば問題が片付というわけにはいきませんでした。なぜなら、農協への一元出荷体制と大手乳業メーカーを中心とした現在の流通システムの壁があるからです。ここでは、乳脂肪分が高ければおいしい牛乳だと考えられ、それだけが価値基準となっています。このため、自然放牧を行ない安全な牛乳を生産する酪農家は生き残る術がほとんどないのです。実際、著者の牛乳は買い叩かれ、一般の価格の半値になることもあったといいます。この後、著者は直販に挑み、やがて食の安全性を最優先したその商品に顧客は全国に広がりました。今では生産から販売まで手がける中、日本の酪農のあり方を変えるために放牧酪農家の支援を行なっています。
「牛が幸せであれば、幸せな牛乳が作れる。そして、幸せな牛乳はおいしい牛乳だ」、この言葉に著者の考え方と生き方が込められています。真の経済性と豊かさは、いのちを尊ぶ心から生まれてくるのですね。これは私たちが21世紀を生きていくうえでの羅針盤ではないでしょうか。