マクゴニガル以外に、世界をよりよくするようなゲームを開発できるデザイナーは存在しない。
本書は世界を変えたいと思うすべての人々の必読書だ!
――ジミー・ウェールズ(Wikipedia創設者)
ユニークなアイデアを思いつくだけでなく、それを実際に世界に影響を与える形で利用できる人物はほとんどいない。
マクゴニガルはその貴重な一人である。本書が説くように、
生活やビジネスや教育の場でゲームを活用できれば、
世界は想像超えた変化を遂げるはずだ。
――トニー・シェー(ザッポスCEO)
近年、世界のオンラインゲーマーのコミュニティは数億人に達し、莫大な時間と労力がヴァーチャルな世界で費やされている。これは現実に不満を持つ人々による「大脱出」にほかならない。 なぜ人々は「ゲーム」に惹かれるのか? それは現実があまりに不完全なせいだ。現実においては、ルールやゴールがわかりづらく、成功への希望は膨らまず、人々のやる気はますますそがれていく。 そんな現実を修復すべく、ゲームデザイナーの著者は、「ゲーム」のポジティブな利用と最先端ゲームデザイン技術の現実への応用を説く。コミュニケーション、教育、政治、環境破壊、資源枯渇などの諸問題は、「ゲーム」の手法で解決できるのだ。 世界最高のイノベーターと評されるゲーム界のカリスマによる刺激的社会改革論。
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最も参考になったカスタマーレビュー
11 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
「人を利用する・動かす」為のゲームノウハウとその可能性が興味深い,
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レビュー対象商品: 幸せな未来は「ゲーム」が創る (単行本)
世の中をゲーム化(ゲーム・システム良い部分を利用)することで世界を変えられる。ARG(代替現実ゲーム:ゲーム開発ノウハウとネットやメディアを利用し、現実世界でコミュニケーションを促したり、行動させたり、協力させたりするゲーム)によって社会を変えていけるのでは…と著者は考える。 つまるところ、ゲームのエンジニアたちによるゲーマーのモチベーションをくすぐる手法、著者からみたゲーマー達の「力」とそれをどう生かせるかということ、そして実際に行われたARG(もしくはそれに準ずるもの)の紹介が本書の中心。 興味深いゲーム事例と、何故人々がゲームにはまるのか、その特性はなにでどう生かせるのかということをわかりやすく、そして応用もしやすく紹介しており、多くの可能性を感じさせる。 ただ、個人的には最終章の事例はただのブレインストーミングに陥ってしまっており、また目的の壮大さと成果事例のアンバランスさで尻すぼみになってしまった感があるのが残念。 またいくら現代世代に有効とはいえモチベーションを保ってあげる仕組みを準備しなければならない社会とすることは正直どうなのかと感じた。それゆえ「社会を変える」のではなく「人を利用する・動かす」為のゲームノウハウと捉えるとしっくりとくる部分もある。
8 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
ゲームの側から現実世界を見た研究論文,
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レビュー対象商品: 幸せな未来は「ゲーム」が創る (単行本)
ゲームはオタクや引きこもりの温床ではない、現実世界にプラスの作用を及ぼすのだ、と語る筆者。あくまで「ゲームの側から現実世界を見る」という立ち位置で書かれており、現実世界から見たゲームを語る部分は少ない。また、書き方もプロの著作というよりは、頑張った卒業論文という印象を受けた。 とはいえ、筆者が作った『クルーエル2B カインド』というゲームは素晴らしく魅力的で、私自身が参加してみたいと思った。 ゲームを遊ぶだけでなく、社会との関わりの中で研究したいという人にとっては、かなり読みごたえがあるのではないか。
19 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 2.0
ゲームおたくの悪い面が浮き彫りになった絵空事の現実改革本,
By zm - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 幸せな未来は「ゲーム」が創る (単行本)
この本の構成としては、前半ではゲームが現実より優れていることを示しつつ、それを踏まえて社会をより良くするためのゲーム化として「代替現実ゲーム」(ARG)なるものを掲げ、 後半はその事例を列挙していく、ということになっている。 前半の、言葉を大げさに振り回して語る、著者の相当なゲームおたくっぷりだけは微笑ましい。 (「ゲーム内で脳みそを吸い取られる危険と向き合うことでプレイヤーは、人間は生の実感を得られる」(!?)らしい。 正直失笑ものではあるが、同じゲーマーとしてはなんとなくわかってしまう、共感してしまうものがある) とはいえ、ゲームか現実かの二項対立が念頭にある割りに、著者は自身の考えているゲームの定義も明らかにしないものだから、 電源系、非電源系、スポーツも一緒くた、果てはwikipediaへのコミットまでゲームだと彼女はのたまう。 (まあ、wikipediaの編集にある種のゲーム性があることは認めるが、それを言ったら人間のほとんどの行動はゲームだ、なんて言えちゃうんじゃないか) そして後半、ARGの事例解説から著者の不誠実さ、倫理性の無さが明らかになってくる。 先のwikipediaもそうだし、「フォールディング@アットホーム」はタンパク質解析のためにPS3を使っているというだけ。プラットフォームがゲーム機なだけでゲームそのものとは一切関係がない。 2009年のイギリス議員の違法な経費請求に対する国民のネット人力捜査の例は面白いが、wikipediaの時と同じようにゲームだと言われるとそうか?と疑問を返したくなる。 墓碑をカードに見立てて遊ぶという一般大衆から見れば普通にドン引きするような「トゥームストーン ホールデム」。(不謹慎さは遊ぶプレイヤー側にあるとして、ゲームデザイン自体には何の問題もない、むしろ墓地清掃が捗って有益だとする言い訳もひどい。) 見知らぬ人に不気味な一声をかけるという事案になりかねない「コンフォート オブ ストレンジャー」。 紹介する事例のほとんどがあまりにもゲームゲームしすぎていて、積極的にコミットするプレイヤーには居心地が良いのだろうが、その周辺に置き去りにされた人間から見れば彼らの行動はひたすら不気味だ。 結局のところ、ゲーマーと非ゲーマーのどうしようもない断絶が描かれてしまっているようにしか見えない。 また解説者が指摘するように、ゲームと社会の関わりあいに「ゲーミフィケーション」という言葉が原著執筆段階(2011年)で存在するのに、言及は一切無いというのも疑問。自分が飯食う領域の宣伝をしたいだけなんじゃないかと勘繰りもしてしまう、非常に偏りのある困った本。 元のテキスト自体がアレなんで訳の質に突っ込むのも野暮ではあるが一応。 訳は基本的にはこなれている。が、具体的なゲームの言及になると『グランツーリ”ズ”モ』だったり『”モバイル戦闘ゲーム”「すばらしきこのせかい」』と少し怪しくなってくる。 ゲームマニアとしての著者のおたくっぷりに付き合ってくれないというのもそれはそれで不幸な話だ。
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