939(天慶2)年からの承平・天慶の乱を起こした平将門については、中学校の歴史教科書にも登場する。その実像を発掘された製鉄遺跡の様子などから、大規模私営田経営者ではなく、製鉄や馬の放牧などに経済的基盤を置いていたととらえ、乱の発端になった平国香、良兼らとの私闘の原因もそれが一因としたあたりが、刊行された当初は話題になっていたと記憶している。
初めて読んだのは、大学1年の時で、中世史ブームというか網野善彦ブーム華やかなりし頃だった。30年経って読み返してみると、今ではあたり前になった中世の歴史叙述に考古学の成果を援用したり、経済基盤の違いを強調したり、民俗伝承なども使って幅広く考えることなど、私は歴史の専門かではないが、本著の先進性は顕著であり、内容は些かも古くなっていない、何より面白いと思った。
中学校の歴史の教科書では、平安時代については、桓武天皇の平安遷都→最澄・空海の新仏教→坂上田村麻呂による蝦夷の征服→遣唐使の廃止と国風文化→摂関政治と荘園制の確立→武士のおこり・平将門の乱と藤原純友の乱→源氏の東国基盤の確立→院政と平氏政権という順番で出てくる。しかし、平将門の登場は摂関政治隆盛期の前であり、摂関政治をやっていたなよなよした貴族が、将門らによる強面の武士に政権を取られ平氏政権の誕生につながったという流れは正しくないこと、摂関政治は武士をうまく利用していたということを今一度確認しなければならないと思った。
子どもの頃にNHKの大河ドラマで見た「風と雲と虹と」の加藤剛の将門のイメージがどうしても頭から離れず、将門っていいやつと思う。そのうちここに出ている尾崎前山など茨城県の岩井のあたりを自転車で回ってみたいものだ。