歴史は勝者の記すものといわれる。
江戸幕府が滅び、明治新政府が樹立したからには幕末の歴史は薩長の立場から書かれるのは歴史の必然である。井伊の赤揃えに代表されるような幕府側の時代錯誤の軍隊は薩長側の洋式軍に完膚無きまでに打ち破られ、軍事的には完全に敗北したかのような認識が広まっている。幕府側といえば白虎隊や彰義隊・新撰組のような旧時代の名残のような印象が強く、長岡藩や五稜郭のような一部の例外としてしか幕府側の洋式軍は伝えられない。
しかし、本当に幕府軍は時代錯誤の部隊しかなかったのか。薩長に対抗した軍は存在しなかったのか?本書で扱われる幕府歩兵隊こそが幕府側の洋式軍である。
軍隊の編成や調練、長州戦争や鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争と幕府歩兵隊の誕生から終焉までの変遷を追っている。鳥羽伏見以降はおそらくまともに史料も残されておらず、薩長側の史料や個人的な記録、聞き書きなどが主たる史料となるのでいまひとつ記述が表面的に流れてしまっているのは仕方ないと思う反面、分掌としての精彩を欠いてしまっている感もある。
個人的に興味を持った章が「歩兵の社会学」である。
江戸という巨大都市に基盤を置く幕府は当然のように兵員の調達基盤を都市に求めた。都市遊民、はっきり言えば無頼の徒の集団である。ずいぶんと荒っぽい連中の集まりだったようだ。彼らが歴戦のうちに職業軍人集団となっていく、というよりも他に職も技術もないので抜けようがなかったというのは興味深い事実である。薩長側の兵員が農民から調達されていたのとはずいぶんと趣が違っている。幕末の幕府軍は旧来からの藩兵と都市遊民を基盤とする歩兵隊といった構成であったようで、ここまで出自の違う兵員同士では連携もなかなか難しかったであろう。また、当時の世界的趨勢から見ると徴兵制による国民皆兵が主流であった。職業軍人を主体とする幕府側の編成は世界史の潮流から見ても時代から外れていたのであろう。そういった側面から江戸から明治への歴史の流れを考え直すことができたことが本書を読んでの収穫であった。