内容説明
「この人の弟子になる!」。高校生の決断はアッという間だった
師匠志ん朝が逝ってはや十年。30年間の師弟関係を描く鎮魂歌!
弟子志ん輔は、今の心境をこう綴る。
〈2001年10月1日、師匠古今亭志ん朝の死はわたしに重く辛くのしかかってきた。ところが、悲しみとは裏腹にわいてきたあの解放感はいったいなんだったのか。師匠への敬愛の強さだけ呪縛もあったのではないだろうか。師匠の死によって「その縛りから解き放たれた」。そう感じたのだろう。師匠への「不遜な思い」への償いは「追善」でしかなかったし、その方法がひたむきに稽古することだった。あれから10年を迎える今、わたしは57歳になった。最近ようやく嘘をつかずに本心を明かしても誰に憚ることのない覚悟が出来たのかも知れない〉
東奔西走、昨年の行動をマメに記録した「ケータイ日記」を併録。
噺家はとにかく忙しい。
師匠志ん朝が逝ってはや十年。30年間の師弟関係を描く鎮魂歌!
弟子志ん輔は、今の心境をこう綴る。
〈2001年10月1日、師匠古今亭志ん朝の死はわたしに重く辛くのしかかってきた。ところが、悲しみとは裏腹にわいてきたあの解放感はいったいなんだったのか。師匠への敬愛の強さだけ呪縛もあったのではないだろうか。師匠の死によって「その縛りから解き放たれた」。そう感じたのだろう。師匠への「不遜な思い」への償いは「追善」でしかなかったし、その方法がひたむきに稽古することだった。あれから10年を迎える今、わたしは57歳になった。最近ようやく嘘をつかずに本心を明かしても誰に憚ることのない覚悟が出来たのかも知れない〉
東奔西走、昨年の行動をマメに記録した「ケータイ日記」を併録。
噺家はとにかく忙しい。
内容(「BOOK」データベースより)
「この人の弟子になる!」高校生の決断はアッという間だった。師匠志ん朝が逝ってはや十年、ひたむきに走る噺家稼業。一年間の「ケータイ日記」併録。
著者について
古今亭 志ん輔
(ここんてい・しんすけ)
本名・大塚秀夫 1953年東京生まれ。1972年入門。二つ目時代からその実力は折り紙つきで、師匠の前名、古今亭朝太を名乗る。1982年から99年まで17年間にわたって、NHK『おかあさんといっしょ』にレギュラー出演、ぬいぐるみのヘビ君、ブタ君と名調子の掛け合いで、子どもとともに父母にも人気を博した。創作のシェークスピア落語も好評。落語協会理事
(ここんてい・しんすけ)
本名・大塚秀夫 1953年東京生まれ。1972年入門。二つ目時代からその実力は折り紙つきで、師匠の前名、古今亭朝太を名乗る。1982年から99年まで17年間にわたって、NHK『おかあさんといっしょ』にレギュラー出演、ぬいぐるみのヘビ君、ブタ君と名調子の掛け合いで、子どもとともに父母にも人気を博した。創作のシェークスピア落語も好評。落語協会理事
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
古今亭 志ん輔
1953年9月25日東京都品川区生まれ。1972年3月故古今亭志ん朝に入門、前座名「朝助」。同年4月初高座 演目『時そば』。1977年3月二ツ目昇進、志ん朝の前名「朝太」襲名。1982年4月から1999年3月NHKテレビ「おかあさんといっしょ」にレギュラー出演。1985年9月真打昇進「古今亭志ん輔」襲名。2000年から2003年NHK‐FMラジオ「名曲リサイタル」パーソナリティーを務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1953年9月25日東京都品川区生まれ。1972年3月故古今亭志ん朝に入門、前座名「朝助」。同年4月初高座 演目『時そば』。1977年3月二ツ目昇進、志ん朝の前名「朝太」襲名。1982年4月から1999年3月NHKテレビ「おかあさんといっしょ」にレギュラー出演。1985年9月真打昇進「古今亭志ん輔」襲名。2000年から2003年NHK‐FMラジオ「名曲リサイタル」パーソナリティーを務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)