クラリネット奏者にして、辛口評論家として知られる石井宏のエッセイ集。
この本は第一部・第二部に分かれており、第一部はクラシック音楽の背後に潜む儲け主義の音楽業界を告発・批判するセクションになっている。
タイトルもこの第一部からとられており、「帝王」は御存知ヘルベルト・フォン・カラヤン、「音楽マフィア」は世界のクラシック界を牛耳るユダヤ資本を指している。
本書はもともと『新潮45』に連載されていたものを、新潮社が単行本としてまとめたのが初出。連載当時のわが国はバブル景気たけなわ、ジャパンマネーにあかせて海外の演奏家たちを次から次へと招待していた頃であるから、この文章が投じた一石はさぞかし大きなものであったろう。実際、大反響を呼んだそうである。
第二部では、その日本に厳しい批評眼が向けられている。すなわち、クラシックと聞けば高尚で有難いものだと妄信するのをやめ、正しい審美眼を持って向き合うべし、というメッセージである。
・・・と、音楽をテーマにした社会批評、という趣である第一部・第二部であるが、その間に「インテルメッゾ」、すなわち「間奏曲」として2章が収められている。これは純粋な音楽評論で、私は本書の白眉はここにあると考える。
「百歳のピアニスト」は、ミェチスワフ・ホルショフスキへの畏敬がこめられた人物評であり、それまでの毒舌とはがらっと変わった、手放しの大絶賛である。ショー・ビジネスとはゆかりのない、純粋なる芸術家への賛美がある。
そして「モーツァルト、その知られざる遺言」は、晩年のモーツァルトの、友人や弟子・家族との関わりを、これまでスポットの当てられてこなかった「もう一つの遺作」を題材に語る秘話。モーツァルト研究家として活躍する著者の面目躍如たるところだ。新潮社の単行本を改めて学研から文庫化するにあたり、この章は大幅に加筆され、読み応えたっぷりの読み物となった。
あとがきにも「真善美を愛する方に捧げる」とあり、この2章は音楽を愛する読者を存分に楽しませてくれる。
多少ユダヤ人に対する偏見が見て取れなくもないが、それを差し引いても本書は名著である。新刊での入手が困難なのは、惜しい限り。