本書の著者は、兵役を嫌って亡命した程、愛国心が皆無の輩であった。故に、大日本帝国の戦時国策映画を一体どう論述するのか、本書を購入する前に一抹の不安があった。しかし読んでみると、大変良く調査・研究している事が判り、実態が良く残っていると評価する。
第7章『チャイナドリーム』では、あの李 香蘭と満映について詳しく述べている。李 香蘭の当時の苦労ぶりは以前他書で読んだ内容とほぼ合致し、中国と日本との板挟みに苦しむ彼女の葛藤を克明に再現している。ここで登場するのが、甘粕正彦である。最初は案の定、あの甘粕事件を取沙汰して甘粕をダースべーダーの如く扱うかのような記述に眉をひそめた。しかし、甘粕の満映での仕事ぶりに関しては客観的にしかも細部にわたって書いていおり、『女優は芸者に非ず。』と言って政府高官に酌すらさせなかったと云うあの模範的な甘粕の言動を紹介している。日本人スタッフと中国人スタッフの待遇格差を埋める努力をした事を述べるにとどまらず、甘粕の映画製作に対する良識に富んだ姿勢を紹介し、さらには制作者に対して古い日本的な習慣を捨てさせて満州の観客達に訴えるべく、特別な新しい方式での映画製作を考案するよう命じたとも論述している。あからさまなプロバガンダも姿を消し、甘粕曰く『満映は娯楽業界にあり』と紹介している事から、満映は、本土の国策映画とは一線を画し、あくまでも現地に住む人向けに映画の編集権を独立させていた事が判る。なお、満映のフィルムは実は侵攻してきた旧ソ連軍により本国に持ち帰られ、今もモスクワの映画資料館に保存されていることをも明かしている。
第13章『鉄棺の蓋が閉じる』では、最近までDVDで販売されていた2つの映画『陸軍航空戦記』,『轟沈』に触れ、カメラマンの坂斉小一郎の決死の空中戦撮影ぶりと、潜水艦に取付けたカメラの効果的な映像表現が話題になった事と記している。ただ、『轟沈』では帝国海軍潜水艦が遭難者救助を怠った(殺害した)事については、坂斉本人が大きく問題視していた事を克明に紹介している。