★満員の通勤途上で一気に読んだ。胸の高鳴りをときおり覚えた。「釜石物語」のなかに、自分もいるような感覚に襲われたせいかもしれない。★第一巻は、「希望とは何か」であった。第二巻は一転、時代に、天変に、産業にほんろうされる「町の希望」「組織の希望」「人の希望」を、地べたをはうようにして追いかける。★切り込む視点は鋭く、かつさまざまだ。製鉄所、市政、地域経済、福祉、観光等いろいろな角度から、いろいろな先生が達意の文章で「希望」の諸相を語る。★話は、遠く近代の夜明け前までさかのぼる。対象は、明治の津波、艦砲射撃、200カイリ問題、グリーンツーリズムにまで手広くおよぶ。★時代にほんろうされ、砲声なき海の向こうとの競争に身もだえしながら、釜石の人たちは「どこに」希望を見いだし、「どこで」希望を見限ったのか。その苦渋の選択が教えるところは大きい。歴史を学ぶとは、きっとそういうことに違いない。★第一巻で汗をかき、ネジを巻かれた。その分それがここで大きくいきる。その意味では第一巻は、やはり、ゆっくりじっくり読むのでいいかもしれない。だからそれだけ第二巻は、その二倍の速さで、その二倍の楽しみをもって一気に読める。★なお一点特筆すれば、第三章「釜石市長としての鈴木東民」はとにかくいい。この一章をもってしても、『希望学』はただならぬ力を持っていることが容易にわかる(つい、岩波新書『反骨のジャーナリスト』も読んでしまった)。