今年80歳になるインド通の元外交官が書いた、インドが抱える最新の諸問題の解説をつうじて描く多様な顔をもつインド像。「群盲象をなでる」という表現があるように、巨象インドを理解するのが容易なことではないのは、多宗教、多言語、多民族、さらにカーストがからまる、複雑きわまりない世界であるからだ。
「目次」にあげられた項目をみるだけで、インドが抱える内政・外交上の諸問題が何であるかわかる。きわめて多岐にわたる問題群を項目ごとに切り出してみた、インド世界の断面図の数々である。
第1章 燎原の火インド・イスラム原理主義
第2章 ヒンドゥー社会の終わりの始め
第3章 ブーメランのインド世俗主義
第4章 台頭するヒンドゥー原理主義『サング・パリワール』
第5章 赤いタリバン|インド共産党毛沢東派(ナクサライト)
第6章 タミール・イーラム解放のトラ−インド系外国人(PIO)の難題
第7章 西部戦線異状あり−インド VS パキスタン
第8章 AK-47の銃眼カシミール
第9章 チャンドラ・ボースは生きている
第10章 ダブルスタンダードの印米原子力協力協定
第11章 南アジアの覇権主義者インド
第12章 経済至上主義の日印関係
ここ数年マスコミでよく話題になる中流階級を中心とした、経済発展著しいインドという明るい側面だけでは見えてこない、インド社会の暗く、どす黒い現実が見えてくる。本書を全部とおして読んでみると、インドのかかえる多様性がもたらす複雑さのからみ具合が、著者が描く複眼的な視点をつうじて、おぼろげながらも見えてくる。
何よりも根本問題は、カーストの最下層で苦しむ一般民衆の現実に焦点をあてることによって見えてくるのだが、これは経済学の観点からだけではとても解決不可能なものであることが本書を読むとよく理解できるのである。
やや著者の個人的見解が強すぎるきらいがなくもないが、著者がいみじくもいうように、多様性に富み複雑きわまりないインド世界では、「自己主張することがインドで生きる最善の策」(P.206)なのである。また、国益重視の自己主張の姿勢を崩さないインドは、ある意味中国と並んできわめてしたたかな存在であることは肝に銘じておくべきだろう。外交交渉におけるインドに粘り腰としたたかさ、これはビジネスに従事する者にとっても大いに傾聴すべきものがある。
日本人一般の常識や通念とは異なる見解も多く披露されており、複雑きわまりないインド理解のための、またとない参考書になるであろう。明るい側面と暗い側面の双方をあわせみて、はじめてインドについておぼろげながらも理解の第一歩に近づいたといえるのである。