「島原大変」も十分に面白いのだが、個人的には解説の西木正明さんも好きだと言う「ひとうま譚」をオススメしたい。
豊後の岡藩の九重連山が舞台。山好きの奇妙なお殿様(中川久清)に振り回される周囲の人間の悲哀を描いているが、九重に登ったことがあれば、面白さは倍になる。山好きをニコニコさせる時代小説というのは他に思いつかない。同じ九州人の松本清張に「西海道談綺」があるが、設定としては凡庸な山岳修験を描いたもので、英彦山に登ったからと言って、面白さが増すということはない。
山を描いた時代小説が少ないのは、おそらく、江戸時代には山登りを楽しみと感じる感覚はなかった、というもっともらしい話が影響しているのだろうが、こりゃ単なる俗説。江戸時代だって、大船山の鮮やかなミヤマキリシマに歓声を上げ、豊かな温泉に驚き、頂上からの眺めに感嘆していたはずなのだが、昔はその感覚を赤の他人に言葉で伝える能力も必要もなかったというだけの話である。
白石一郎なので、当然、筋立てもひとひねりしてあるのだが、珍しく留保なしの向日的な結末も心地いい。
他に大友義鎮を描いた「凡将譚」、豊後森藩主の狂気を描いた「海賊たちの城」。こちらはいつもの白石一郎。