古来、英雄は独立した。
しかし、今は封建の世である。上に将軍、大名がいる。
英雄の資質をもっていても、自立はできない。
それゆえ、今の世では英雄は人に使われなければならぬ。
今の世で、人に使われることができぬ人間は大した男ではない。
せっかくの才を生かすためには、人に使われねばならず、
人に使われるためには、温良で謙虚であらねばならぬ。
河井、心せよ。
己の好むところのみを行い、好まざることを行わず、ひたすら避ける、という
河井氏の態度や生き方はどうでありましょう。
人の一生は短いのだ。己の好まざることを我慢して下手に地に這いずり回るよりも
己の好むところを磨き、伸ばす、その事を方がはるかに大事だ。
人間はな、店舗と同じだ。場所が大事である。
人の集まる通りに店を出せば繁盛するように、古賀塾におれば学問をせずとも自然に耳が肥える。
藩組織の片隅でコツコツと飽きもせず、小さな事務をとってゆく。
そういう小器量の男に生まれたものは幸福である。
自分の一生に疑いも持たず、冒険もせず、危険の淵に近づかず、ただ分を守って、
妻子を愛し、それなりで、生涯をすごす。
「一隅を照らすもの、これ国宝」
大器量は損である。小器量の者なら、世に職がたくさん見つかるが、
大器量者の職分はめったにない。
常に失業せざるを得ない。
この俺のように百石取りの家に生まれてしまっては、ちょっと滑稽だな。
彼は、自分が用いられぬことを憤っている。
不遇を憤るような、その程度の未熟さでは到底、人物とはいえぬ。
職が見つからねば、酔生夢死だな。
為すこともなくこの世に生き、そして死んでゆく、その覚悟だけはできている。
この覚悟のない奴は、大した男ではない。
生は生のためにあらず。
人間の命なんぞ、使うときに使わねば意味がない。