著者の「あるき、み、きく」は、3つの行動に一体感がある。
「信仰の道」は自分には余り関係がないと思い、はじめは読んでいなかったが、熊野と四国遍路を読んで感動しました。「貴」の道が同時に「賤」の道だった という点、現代よりも遙かに健全だったのかと。実際には、空間的には同じで も時間的には分かれている可能性もあるのでは。
軍道アゼチ。庵室(アゼチ)が「隠居」の意から来ていることに言及してあれば、「家祖」相良観仙が隠居 していたという「捏造」から「アゼチ」の地名がでてきたのだなと、納得しやすいのではないだろうか。アゼチについては網野善彦『忘れられた日本人』を読む』(網野)に言及がある。