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「岬」は、紀州の小さな田舎町に住む、濃く複雑な血縁関係に縛られた、主人公秋幸の閉塞感をモチーフに展開していきます。秋幸は、愛憎渦巻く親・兄弟・親戚たちのあいだで、一人孤独感と戦いながら、「自己」を確立させようともがきますが・・・。
1946年、戦争直後に産まれた中上氏のリアリティは、農村共同体の、濃密な血縁・人間関係にあります。日本の戦後史は、こうした農村共同体を打ち壊し、核家族化していく歴史だったのではないでしょうか。結果として、90年代以降の現代人にとってのリアリティは、中上氏が描く閉塞感とはまったく逆に、希薄な人間関係の中で、自己の存在の軸を確定できないことに変化したように思われます。「岬」の歴史的意義は大きいと思いますが、ここでの問題意識は、多くの現代人にとって、もはやリアルな課題ではなくなっているのではないでしょうか。故人となった中上氏が、今生きていたとしたら、現在の日本社会をどう捉えるか、興味深いところです。
所収の短編「黄金比の朝」は、自分の感受性だけが頼りの、人生においてもっとも不安定な時期を美しく表現した好篇です。
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