予想脳という概念で脳の統一的理解ができるという提案だが、何が新しいのか私にはわからない。脳の役割が外界のシミュレーションだということも、脳内に認知のためのモデルがあるということも、フィードファワード制御が使われているということも、1990年代以降の類書ではよく言われていることで、著者自身も「今までも類似のアイディアがさまざまな形で断片的に提唱されているが」(p57)という通りだ。「今までは提唱されたことがなかった、予想脳という概念そのものが脳の根本手動作原理の一つであるという仮説」の従来の仮説との違いが見えない。社会性との関連についても、『マキャベリ知能仮説』や『心の理論』として1980年代には専門家に知れ渡っていたことである。4章以降の詳細議論も、「脳」と書いても済むところを単に「予想脳」という言葉に置き換えただけにしか見えない。
確かに脳神経学的研究のみからでは脳全体の理解は不可能だろうが、そんなことは誰もが承知であろうし、医学や動物学の分野では全体的に見るアプローチが昔から取られていて、そこに脳神経学的研究成果を取り入れた議論は、専門外の私にさえ啓蒙書で読める。いくら「これは科学論文ではない」(序文)から引用文献を積み重ねないとは言っても、他分野の成果を知らないか無視している印象を与えるのでは説得力が減るだろう。外界のシミュレーションという脳機能についてわかりやすく書いてあることは確かだが、それについて知りたいなら他に良い本は多くある。
だが、脳神経学的研究では「記録や解析のされやすい細胞の活動だけが研究されている」(p7短縮)とか、「神経インパルス情報にはプロトコルがない」、「スパイクと局所電位というデジタルとアナログの二本立てで情報が表現されている」(p16)かも知れないというのは、的確で多少は斬新な指摘だ。この点を評価して星2つとする。
最新の環境情報を常時モニターする機能は現在の我々には不要だ(p29,42)というが、脳内の自動処理機構が担うのは意識せずとも正常に動き回れる機能であり、目と耳を閉じたらそれは困難である。よほど高度な思考機能と混同しているように見える。