小説家といえども、批判の多い司馬史観とは質が違う。
巻末に掲載されている、岩崎彌太郎、龍馬、大隈重信、幕末維新、経営史、に関する200を超える参考資料を見ても、一つ一つの史料を丹念に読み込んで、「岩崎彌太郎」という人物により深く、正確に迫ろうとする真摯な姿勢が窺える。史学科を卒業し、現在大学教授というプロフィールを読んで納得した。非常に読みやすく、すぐれた論文である。
三菱財閥の始祖である岩崎彌太郎は、なかば忘れられた存在で彌太郎関連の著作もほとんどなかったらしいが、大河ドラマによって急にスポットライトを浴び、「坂本龍馬の海運・貿易への夢を継ぐ者」という内容で何冊もの本が刊行されているらしい。しかし、そのような「評価」には無理がある。と冒頭で軽く否定をしている。
三菱のマークがいかにして生まれたのか、などのトリビアはもちろん、彌太郎の妻が土佐の習慣に従って夫の遺体を土葬にしたため、警察沙汰になり腹心の部下である川田小一郎が罪を被った有名な美談も、ウェットにドラマタイズせずにさらりと触れているところにも好感が持てる。
本書は岩崎彌太郎という人物の人生をたどりながら書かれた会社論でもある。
「会社」は、単に利益を追求する企業を意味するのではない。人びとが自由な意志で寄り集って働く結社である。という主張を元に書かれた最終章は感動的ですらある。
役人の「給料を減らし、官位を下げる改革」を行い、不人気で罷免されてしまった谷干城について、「谷のような古風な正論家」を現実の政治には向かないといいつつも、「私はこの谷という不器用な人物が、なぜだか好きなのであるが。」「金持ちとは、昔も今も大きな借金ができる人のことだ」など、ところどころ著者の個性がにじみ出ていて、ニヤリとさせられる。