本書には、ある強い特徴があるように思える。本書を次代の若者への贈り物としようする強い著者の意志を感ずるのだ。著者は本書を岡の評伝としてではなく、数学という学問に心を開きつつある若者への、数学への誘いとして著していると思われてならない。
例えば第1章の内容を見てみよう。そこには多くの頁を費やして、岡が終に解決出来なかった問題(内分岐領域でのHartogsの逆問題)の解説と、その問題に対して苦悶する岡の姿が描かれている。本書にあるように、岡は多変数代数函数論の建設を目指した。正にRiemannの後を追おうとしたのだ。しかし、計画はこの未解決の問題の前に挫折した。そう、岡の描いた理想は未だ道半ばなのである。著者は、この岡の辿った道の後を継ぐ若者の出現を心より切望しているのだろう。
確かに本書の中にある数学的内容を実際に追うのは困難なことだ。用語の詳しい説明も無い。殆どの方には意味不明な言葉の羅列になっているところが多いのではなかろうか。しかし、無謀な理想主義を承知で言うと、評者は現在の中高校生が本書を手に取ってくれたらと思う。そして岡の世界に興味を抱いたならば、背伸びでもよい、本書を足がかりに岡の数学の世界を実際に追いかけて、触れてみて欲しい。現在では、奈良女子大学の岡潔文庫がインターネット上に公開され、岡の全論文の邦訳に触れることができるのだ。さらに同じ岡潔文庫に公開されている岡の高弟である西野利雄による、これも心に染み入るような岡の作品への解題も、ぜひ本書と併せて味わって頂ければと思う。岡の思想も人生も、やはりその数学の中から汲み取るべきものだと評者は思う。
本書の若い読者の中から岡の残した理想を完成する者が現れ出ることを評者は祈らずにはいられない。