藤沢さんのご長女である遠藤展子さんが「まるで父の小説を読んでいるような錯覚を覚える映画でした。本のページをめくるように父の原作の映画を観たのは初めての経験でした。」と感想を述べておられるとおり、まさに藤沢作品を読んでいるような詩情豊かな映画です。
決して声高にならず静かで淡々とした流れの中に、凛と真っ直ぐに立つ人間の気高さ、美しい北国の風景描写と人々の心情、そして少ない台詞の行間に溢れてくる美しい日本人の心。
東山紀之さん演ずる手塚弥一郎はほとんど台詞がありません。しかし、その無言で在ることの存在感、立ち居振る舞いの美しさ、そして殺陣の潔さが実に見事です。
藤沢さんの小説には必ず魅力的な女性が登場しますが、この映画でも女性がとても魅力的です。
野江を演ずる田中麗奈さんはもとより、野江の母親役の壇ふみさんの微笑みの温かさ、「あなたはほんの少し回り道をしているだけなのです」と言う台詞に、娘の気持ちを思いやる優しさが溢れています。
それと、ラストシーンの手塚弥一郎の母親役の富司純子さんが実に素晴らしい。
全てを肯定して包み込んでくれるような優しい微笑み。小説では野江のこのときの心情を「取り返しのつかない回り道をしたことが、はっきりとわかっていた。ここが私の来る家だったのだ。なぜもっと早く気づかなかったのだろう」と表現していますが、映画での富司純子さんにはこの野江の今までの思いや苦労、後悔、そういった全ての時間を肯定して迎え入れてくれている温かさが感じられました。
自分の全てを肯定してくれるような温かさに、野江は泣くのです。 その涙の美しいこと・・・。
慎ましく控え目で、それでいてまっすぐな恋の物語、そして、この静寂の中に凛として佇むような感覚、久しぶりに日本の心の美しさと繊細さを感じさせてくれる素晴らしい映画に出会った、と感じています。