海軍に所属し、軍縮会議にも参加、海外での評価も高い人物で論理的な部分も大きく先見性も高いが、とことん嫌った相手を許さずに、女性関係にも甘い男であるというイメージを本書を読んで持ちました
何とか三国同盟を阻止し、講和を早めにしたかった、というのは理解できますけれど、それが突然言葉は悪いんですが「どうしても開戦するというなら、開戦と同時にやるだけやりますよ、ただし、1年後はわかりませんけれどね・・・」という、およそ先の予測があまりない言葉にびっくりでした。先見性を持つ男の、責任ある立場がそこまで追い込まれていた、と見るべきか?はたまたどちらかと言えば自暴自棄になっての発言なのか?その点が著者の阿川さんも想像に頼っていて、阿川さんの推察では、今まで散々慎重過ぎる、あるいは弱腰の、親米派的な立場を取っていたところへ、いわゆる右翼的な立場の人々からの讒言に反発して「やってやろうじゃないか」と考えたのではないか?と考えているようです。私はこの本を読んだ限りに於いては、その阿川さんの説にもうひとつ納得出来ませんでした。かなり論理的思考の持ち主であり、いわゆる国家の行く末を考えていたであろう山本がそんなに簡単に考えを180度変換するとは考え難いと感じました。もちろん緒戦に叩けるだけ叩いて講和、という考えを持ったのかもしれませんが、米国民や英国民の考え方や、その指導者の徹底性を知っている山本からすると、個人的には信じがたい部分を感じます。
また、素晴らしい名将、という評価が定まっているような書き方をされているわけですが、実際のところはどうなんでしょうか?なかなか評価の定まらない感じを受けました。企画立案と先見性を持っていますが、同時に非常に感情的決め付けも多く見られるように感じました。そして真珠湾攻撃の戦果の大きさと、ミッドウェー海戦の負け方とは同じようなモノを感じます、つまり運は良かったのではないか?と。たまたま運良く進めば大戦果ですが、躓く時は非常に危険である、という事です。最も、ミッドウェー海戦の被害は撤退することによって、これでも小さく抑えられた、とも言えるように感じます。
もうひとつは、何故戦死する際の視察にあれだけの拘りをみせたのか?という事です。そんなに重要な感じもしないのですが、視察はやはり重要な任務なのでしょうか?また早期決戦の後の講和を有利に、というのは分からないでもないのですが、それを実行できる政治的勢力との承諾なり契約について全く行動を起こしていないところも気になりました。そして真珠湾攻撃時に自身は艦隊に同行していなかったのは何故なんでしょうかね?現場に近い方がより的確な指示を出せたような気がします。また、航空勢力の充実をこれだけ訴えつつも、艦隊戦による早期決着を考える、ということに矛盾があるようにも感じますが、当時の中ではコレが精一杯の抵抗だったのかも、とも思います。
海軍大将山本 五十六の人物像が気になる方にオススメ致します。