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10 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
中島文学は未だ衰えを知らず,
By 薩摩おいどん (鹿児島市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫) (文庫)
あまりに有名な山月記を今更論じる必要は無いだろうが、敢えて論じるなら虎になった李徴は決して珍しいものではなく現実の社会にありふれた人間像であるという事だろう。人より秀でている事を自慢するのは悪い事ではないが、その才能に溺れて自ら汗を流して磨こうとはしないのは良くない。ある意味【ウサギとカメ】的な発想に受け取られがちな、この命題に対して中島敦は「下手に才能のあるものは、その反動は計り知れない(自らを異形の怪物と化すことすら有り得る)」ということを言っているのである。まさに「自らの才能を持て余す」といったところだろう。文字禍は隠れた名作!是非ご一読を。
16 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
読者の心の中にあるものを見せてくれる,
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レビュー対象商品: 山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫) (文庫)
中島敦の小説の多くに共通するのは「孤独」である。他人に理解されない孤独、自らが招いた結果としての孤独が描かれている。匈奴に降り、家族を殺されたことを知って漢を捨てようとしながらも捨てきれない李陵。自分でもどうすればよいのかわからず悶々としている。 真理を求める悟浄は一人物思いにふけり、「寂しい。何かひどく寂しい」と孤独を感じる。悟浄が三蔵につきしたがっているのは真理を得るためではなく、孤独をいやすためではないのか。 また、「悟浄出世」で悟浄は考える。「険しい途を選んで苦しみ抜いた揚句に、さて結局救われないとなったら取り返しのつかない損だ、という気持が知らず知らずの間に、自分の不決断に作用していたのだ。骨折り損を避けるために、骨はさして折!れない代わりに決定的な損亡へしか導かない途に留まろうというのが、不精で愚かで卑しい俺の気持ちだったのだ」 「山月記」の李徴は言う。「才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ」
7 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
中国、漢文を底流とする美しいファンタジー,
By すみん (大阪府) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫) (文庫)
文体は一目見た印象は読みにくそうだが、読み始めると言葉の奥深いリズムに酔いつつ読めた。名作「山月記」は学生時代、教科書に掲載されていて知っていたが30代を迎えて読むと人生の哀切、はかなさなど想いをはせてしまう。知人が好きだと語っていた「悟浄嘆異」もなんとも楽しい。「西遊記」に材を取っていた内容とあって嬉しくなる。それが活字で漢文を底流とする言葉で散りばめられた文体でファンタジーを楽しめるとは出会えてよかった作品だ。悟空、三蔵法師などについての語り、描写も面白い。「名人伝」「文字禍」「弟子」とにかく楽しめた。人間への洞察、漢学に由来するエピソードそれぞれに奥が深く、どきっとする部分もあった。
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