買って読んで損は無い。というのは、著者は、普通、流布している知識や、知識の前提みたいなものを、全部知っているうえで、珍しい事実を示して語る、博学にして視点がユニークな人だからだ。本書でもタイトルロールを中心に、太平洋戦史の多くの事実を教えてくれる。でも、山下奉文が果たして語るに値する人物だっただろうか、と首を傾げざるを得ない。著者としてはきっと、左翼の自虐史は論外としても、司馬遼太郎的な「明治は偉かったが昭和は馬鹿だった」式の昭和史観が、かなり根強いことに不満を覚え、別な史観を示そうという意図があると思う。「非西欧」で、資源的にも国防的にも非常に貧弱な環境にある日本の宿命を直視しないで、過去の失敗を「愚か」のせいにし、事後的な道徳的反省で涼しい顔をされては大いに國を誤る、という著者の懸念は分かるような気がする。でも、自身の石油の供給国・米国と戦争をするその発想は異常だし、ワシントンブリッジやクライスラービルなど当時の米国の圧倒的な物量と生活水準を知っていたエリートは日本には少なくなかった筈なのに、戦争してしまう異常さ。日露戦争当時と大差無い、陸軍の装備の貧弱さ。なのに著者は当時の軍人のエリートは、他分野のエリートより技術的な知識をわきまえた上で他国と自国を比較できる相対的に優れた集団と言い、山下をそのなかでも最良の部類と見ているようだ。山中で、重傷を負った部下に暴行を重ねてしまう山下に、異常な配慮を示す著者の判断も共感できない。山下の悲劇的な立場も分かるが、多くの一兵卒や国民は同じく悲劇的だったはずだ。石原莞爾に就いても特別な配慮で語る著者だが、石原の著作を読めば才気はあるがどうみてもご都合主義の書生の議論にしか思えなかった。著者の判断が良く分からない。