何をいまさらという感じではあるが、少し前、吉行淳之介のエッセーを読んでいて、吉行がこの作品にかなりこだわっている様子が伺えたので、ちょっと読んでみるかと思うきっかけとなった。
川端作品は幾つか読んだが、なぜか代表作であるこの小説だけは目を通していない。
(成瀬巳喜男の映画は観たことがあるので筋はわかっている)
筋書きは長男修一の嫁菊子に60を過ぎた主人公信吾が、同情とも恋情ともあいまいな複雑な思いを持って接する心理劇である。
長男修一が愛人を作りそのことで同情しているという設定なのだが、それ以上に老人特有の性欲描写がリアルである。
筆は抑えているだけに、かえってエロチックに感じる文章が多い。
以下短く抜粋。
「・・・女が出来てから、修一と菊子との夫婦生活は急に進んで来たらしいのである。菊子の体つきが変わった。
さざえの壷焼きの夜、信吾が目をさますと、前にはない菊子の声が聞こえた。・・・」
これだけのそっけない短い文章だが、若夫婦の夜の営みに耳を澄ます老人って。。。
川端という人が「少女趣味」の人であったことは、すでに様々な評伝で伝えられるとおりである。
この作品もそういった意味ではかなりグロテスクな老人の性欲を描き出したもので、文学というものの本質に「業」というものが常にひかえていることを改めて感じさせる。
「伊豆の踊り子」という代表作のために、あまり文学に興味のない一般の人々には、清廉なノーベル賞作家のイメージが固定しているが、あの作品だって本当はかなりエロチックだった。
散文詩のような文体が、そういったどろどろとした内面の暗さとアンビバレントなある独特の世界をかもし出す。それが川端の魅力である。