山岳怪談と言う、かなりニッチな読みものではありますが丁寧な情景描写と素材の力で単に怪談好きにとどまらず広い読者にアピールする好著。
前作
赤いヤッケの男(文庫D) (MF文庫ダ・ヴィンチ)を読んだ時のような「新鮮さ」はさすがに薄れましたがそれでもやはり読んでいて「心地よく怖い」。
いわゆる「実話系」云々は別として、純然たる怪談(ホラーと言うよりはやはり”怪談”がふさわしい気がします)として楽しめる内容になっています。
人の情念や非業の死を遂げた者の怨念を感じさせるエピソードは前作ほど多くありませんがそれでも個性的な舞台設定やゾッとさせる語り口は貴重。
昨今の山登りをはじめとするアウトドア人気の上昇は人が本来、自然と切り離されては生きていけない存在である事の無意識での再認識なのかも知れません。
交通インフラの整備や道具の発達もあって「気楽に」自然に分け入ることも可能になった現実は、しかし時として牙をむく自然の無慈悲さや厳しさを忘れさせてしまうことにもなっているのかもしれません。
繰り返される山での悲劇はいずれ新たな「物語」を生むことになるのでしょうが、それでも我々の内には「自然にいだかれたい」という願望があるのでしょう。
本書に収められたエピソードの多くが「怪談」でありながら恐怖/嫌悪だけで済ますことのできない複雑な読後感をもたらすのはそのためですね、きっと。