小学生時代に徹夜の富士登山をした際、親とはぐれ道を外れ…真っ暗闇で遭難しかかった辛い経験があるので山には極力登らない。レジャーが突然、死と隣り合わせになる所に山の恐怖がある。体験しないとわからない気持ちはあるが、本書はそうした生死の分かれ道で、死へ転落した事例、生還した事例を、時に本人や山小屋の主人への取材を交え、多数紹介している。濃霧で山小屋のトイレから母屋に戻れず遭難しかけたという笑えるような本当の話から、道に本格的に迷って沢を下って転落し、けがで動けず発見されず死亡、傍らにけがから死に至るまでの数日を綴ったメモ…という悲しい遭難もある。道に迷った人は、一刻も早く山を下りたいという気持ちから、危険なのに沢伝いに降りてしまい、崖に至り進退窮まってしまう。生死の境で人は冷静さを失う、ということを本書は強く訴えかける。多くの遭難事例から、絶望的な遭難からの生還には、決して生きる意志を棄てないことに加え、運も少なからず作用するのではないか、と著者は見る。骨折した足を引きずり下山したという人の意志の強靱さには驚いた。
本書では最近増えてきた、安易な救助要請についても多く事例を紹介する。「疲れたから、体調が悪いから」ヘリを呼べなどという身勝手要請を読んでいると、これまた腹が立つ。ヘリの一回出動には100万円かかる。民間救助は有料だが、警察は無料だ。それを見越して、民間救助は出さないでという厚顔無恥な要請もあるという。自分の身より金が惜しいのか、こういう山をなめた輩はどうぞ遭難死してもらいたいと思う。
硫化水素、雪崩、山は生死と紙一重の世界だ。そんな極限だからこそ楽しめる、という人もいるのだろう。登山をレジャーと思っている人も本書を読み冷水を浴びせられるのではないだろうか。そして、本書に多く出てくる、精神、肉体の極限に立たされた人の並外れた感情、行動に強く心を動かされた。