エミール・ゾラの名は、「ドレフュス事件」の告発者として、あるいは画家セザンヌの親友としてご存知の方も多いと思います。彼は優れたジャーナリストであると同時に、時代に肉薄した小説家でもありました。
小説家としての彼はバルザックにならい、循環小説技法を用いて、全20巻からなる小説群≪ルーゴン・マッカール双書≫を書き上げました。本作『居酒屋』はその第7巻に位置し、当時37歳であったゾラをベストセラー作家にのし上げた作品です。
当時の主流であったロマン派の大衆文学に対する反発として、露骨な描写が数多くみられ、スキャンダルを利用して多くの読者を獲得しようとする意図がゾラにあったことは言うまでもありません。しかしゾラの最終的な目的は、手にした広範な読者の目を第二帝政下の腐敗という<社会的事実>に向けさせることでした。
『居酒屋』はもはや救いようのない人間たちの物語です。そしてそれは、必ずしも登場人物たちの血や性格の欠陥によるものではありません。ゾラ自身が指摘したことですが、彼等が<堕落に追いやられるのは「環境」のため>なのです。人間の内面の力を容易に押しつぶす外部世界の有様は、カフカの作品に親しんでいる方ならすぐにでも納得するところのものでしょう。いや、きっと『居酒屋』を読んだ誰もが、時計や携帯電話に吸い尽くされ、法と株価に操作される現代社会を思うとき、この巨大な力がどれだけ自分の人生を支配し、いつ本格的に牙を剥きだすかを想像せずにはいられないのではないでしょうか。
この小説を読んで、悲惨な現実に涙を流す方もいらっしゃるはず。ゾラ自身はユートピアの理想を胸に抱いたままこの世を去りました。彼の闘いは今も解決されることなく、私たちの課題として残り続けています。