『借りぐらしのアリエッティ』。
なんて幸せな作品なんだろう、と思った。
ストーリーが、ではなく、この物語にかかわった人たちが、である。
ここのところスタジオジブリ作品は、新作が生まれるごとに『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』などの過去の大作と比較されてしまう。それもメディアによってではなくジブリ映画愛するファンによって。
それは仕方がない。当然のことだ。私もラピュタを最初に観た時は衝撃が1週間くらい続いたから。そして、おとなになってもトトロで泣けるから。しかし2010年の今、ジブリ映画に限らずああいう新鮮な衝撃は、なかなか得られるものではない。
物語が成熟したのか、それとも何かやろうとしても意図せず二番煎じになってしまうのか。とにかく、新しい物語、という評価をどうもうさんくさいと感じる人が増えているのも事実ではないか。しかし、物語が消費され、氾濫している現代においても、作り手たちが今この時代に必要な物語を、さまざまな視点から考えていることは確かだと思う。
スタジオジブリも考えている。
その作品を作るのは、宮崎駿監督でもいいのかもしれない。
しかし、スタジオジブリは現状、宮崎監督や高畑監督の作品だけを作る組織ではない。
アニメーションを制作する、ひとつのスタジオなのである。
そしてその技術は、監督の存在にとどまらず世界に認められるレベルである。
映画はしばしば監督の名で語られる。しかし、そろそろ新しい作品は新しい作品として、新しいスタジオジブリの作品として観てもいい頃なのではないか。
この本は、映画『借りぐらしのアリエッティ』を観たあと、帰り道の書店で購入した。書店でめくってみた時、観たばかりの映画でアリエッティの声がぴったりだったと感動していた志田未来さんの写真がとても可憐で、思わず購入してしまったのだ。
アリエッティの制作にまつわる話はさまざまな雑誌にインタビュー記事が掲載されているが、この本からは、託す不安と託される不安、それを支えた職人たちの覚悟がひしひしと伝わってくる。そして、登場人物と出会ったことで生まれた声優たちの新たな一面、その裏側も知ることができる。
ものを作る人間が人生において“幸せな仕事”に携われる回数は、そう多くない。
そして、そういう仕事に出会える確立も、そう高くはない。
米村監督しかり、音楽を手掛けたセシル・コルベルさんしかり。
偶然の幸運、決してそれだけではない。
「チャンスは準備をしている人にしか与えられない」
という言葉を実感した一冊だった。
エンディングのスタッフロールのところでなぜか涙が出てき理由が、わかった気がした。この映画を作り上げた、すべての人の、そして、この映画を映画館で観ることができた私の幸運。そして、アリエッティの未来に。
ともあれ、この素地をつくったのは宮崎監督であり、鈴木プロデューサーであった。二人の情熱なくしては生まれない幸運だった。スタジオジブリがこれからも本物でいられるのか、とても楽しみになる一冊である。