J.F.ケネディが来日した際、「尊敬する日本人は ?」と聞かれ「上杉鷹山」と答えたが、居並ぶ日本人関係者はその名を知らなかったと言う。そんな鷹山の半生を書いたのが本書。
まず、私が錯覚していたのは、幕藩体制における藩と言うのは(運命共同体であるから)上から下まで一致協力して事にあたるものだと思っていた点である。それが違うのである。鷹山は米沢藩から見れば"外様"の殿様である。まず藩の代々の要職が敵に回るのである。鷹山が倹約令を出しても、参勤交代の費用とか、諸行事の費用とかを削ろうとしないのである。表向きは藩の体面を考えてである。だが、鷹山はそんな事を言っている場合ではないことを熟知しており、自ら規範を示そうとする。そして、そんな鷹山の考えに賛同していくのは若い藩士達なのである。それが、藩全体を包む動きになる。
鷹山が行なったのは倹約だけではない。もう一つ行なったのは今で言う"殖産興業"である。つまり、米沢藩の特産品を作ろうという運動である。これも一朝一夕ではできないが、時間を掛けて育てて行った。現在の山形県の特産品の原点はここにあると言っても過言ではない。
こうした施策のおかげで、米沢藩に財政的に余裕が出るようになった。飢饉の年、回りの藩が飢えに苦しむ中、米沢藩は米を回りの藩に支給する程だったと言う。
片方で倹約を説き、他方で産業を生み出す。言うは易く、行なうは難し。現代にも、こういう人物が欲しいものである。