原爆体験を綴った作品ということでおどろおどろしいものという先入観があったが、文章がことのほか詩的なので驚いた。
言葉の用法が的確で揺るぎがなく、全く振れがない。ジグソーパズルの全てのピースがパチンとはまった感じで、一枚の地獄絵が出来上がっているような完成度である。
原民喜氏が詩人であったということが作品に抑制された詩的なリズムを与え、読者を作品世界に引き込んでいく求心力を与えているのであろう。一字たりとも無駄な言葉がない。緊密に結びついた言葉で書かれた作品群である。
『夏の花』
まさに原爆投下時の様子と厠にいて助かった作者の悪夢の記録。
『廃墟から』
被爆後の作者と周辺の人々の描写。
『壊滅の序曲』
8月6日以前の作者の実家の縫製工場の戦時下の話。広島は危険だと騒ぎながら疎開しなかったところにあの悲劇が降りかかる。
『小さな村』
広島から20キロ離れた農村での生活。
『昔の店』
幸福だった少年時代の記憶と迫り来る戦争への不安。少年時代に竣工した物産陳列館(原爆ドーム)の記述が興味をそそる。
『氷花』
東京に転出して母校に教職を求めたり文学に活路を見出そうと模索する作者の苦悩。
わずか200頁の本だが、重く心に響く、20世紀の偉大な記録である。