名古屋の陸軍幼年学校(ドストエフスキーも陸軍工科学校の中退者)に在籍したカトリックの著者にとっては、数十年ぶりの、ドストエフスキーについての著作です。前作はどちらかというと、ドストエフスキーの病気について、著者の精神科医としての視角からの接近が中心でした。今回は、それぞれの作品について、宗教小説としての角度からの接近を試みています。著者は、”カラマーゾフ的という人間群像は、日本人の発想にはありえない”という真実にたどり着いています。そして、ドストエフスキーを”近代的自我の解析”や”心理分析”からのみ読み込もうとした日本のアプローチがたどり着く袋小路の空虚さに著者は辟易しているのでしょう。宗教小説としてのドストエフスキーは、いうまでもなく正統な読み方です。しかしながら、この正統な読み方こそ、日本人が一番苦手とするものです。著者の今回の作品もその読み方への取っ掛かりを与えてくれるものです。最後は、著者もロシアの風土が持つ無限定性を指摘し、ベルジャーエフの有名な引用で締めくくられています。ところで、”死者の家”はヤナーチェクにより、オペラ化(186ぺージ)されています。またベルジャーエフがロシア革命の時期にパリへ逃げたというのもちょっとニュアンスが違うのではと思われます。