本書にはブッダの様々な教えと行法が他書に比べて詳しく解説されており、しかも81章からなる全エピソードのパーリ語経典と漢訳経典の典拠が明らかにされている。読み始めると、ブッダに付き添いながら教えを聞いているような錯覚を何度も味わった。“北方・南方の両経典群を開かれた心で学習する必要がある”と考えるティク・ナット・ハン師らしく、ブッダの教え(南方経典群)とその歴史的変化(北方経典群)の契機を受け止めて、そこに込められた真摯な意図を私たちが自然な形で理解できるように表現されている。
ブッダの火界定を述べた「ウルヴェーラーの神変」を扱う第26章は、神通力に関する描写を火事として処理しており、一瞬、違和感を感じたが、“ブッダが弟子達に「超自然的な力を獲得したり発揮しようとして時間と労力を無駄にするな」と戒めていることに基づき、古いパーリ語経典に描かれたブッダの奇跡を強調したくない”と述べていることを知って、納得した。
私はブッダが『空の瞑想』を説いている第65章を読み始めて、釘付けになった。ブッダの説明を心の底から理解するために、何度も読み返した。丁寧な説明なのだが、気がつくと言葉に振り回されていることに気づくのである。やっとの思いで、眼が開かれた感じがした。そして、「空(くう)」と「空(から)っぽ」を識別するために、後の世に、「いっぱい(有)」と「空っぽ(無=非存在)」と対比して「無」が登場する理由も理解することができた。