小泉内閣に寄り添った人々(飯島勲秘書官、田中真紀子元外相、実姉小泉信子、元義兄)の観察を通じて、小泉政権の本質を浮き彫りにしようとする。
特に、飯島秘書官と小泉信子については、素顔を知るものが少なく、本書の価値の大半はその2人のレポートにある。
田中真紀子の研究や、著者の小泉純一郎観、小泉政治批判などについては、特段目新しいものではないが、本書全体のメッセージは強い説得力を持っている。
著者は政治評論家や政治記者ではなく、人間そのものを追いかけてきたノンフィクション作家。著者が「カリスマ」「巨怪伝」「東電OL殺人事件」などで執拗に論じてきたのは、裕福さや周囲の人々の合理的な説得では動かしがたい、人間の尽きない情念だろう。深い怨念と言ってもいいかもしれない。
凡人から見たら理解しがたい突飛な行動が、何を原動力としているのか、そこには事実を集めるノンフィクション作家の地道な取材と、人間の業を凝視する文学者としての人間観がともに必要で、著者はその困難を切り開こうとしている。
政治家の秘書官としてあらゆる意味で型破りな飯島の出自は特異だ。
家族の人数分も傘を買えない極貧の中、寝たきりの母、知的障害を持つ兄弟姉妹を置いて上京し、賢明の努力で小泉を総理にし、小泉のマスコミ対策を独力で取り仕切った。安倍晋三も、飯島のような秘書官がいればと評論家は言うが、それを期待する危険性も本書から読み取れる。
飯島の章について分量はさほど多くないものの、飯島の押し出しの強さ、アクの強さの原点に迫った、迫力のレポートだ。
何よりも怖いのが、小泉、信子、飯島という、あらゆる意味で普通の人間的なコミュニケーションから隔絶された場所で、政権が運営されていた、ということだ。小泉政権も、戦後政治の進化どころか、一つの激しい政権闘争の一形態でしかないという黙示録的な事実を、本書は突きつけている。