一度だけ、著者の小森氏の話を直接聞いたことがあって、内容、話し振り、発声に至るまで、非のうちどころのない日本語に感心しながら、ただその完璧さゆえにかえって違和感があったのを覚えている。本書を読んでその謎は氷解した。子供の頃ロシア語を学びながらプラハで暮らした帰国子女だったとは知らなかった。 小森氏の著書はいずれも、わかりやすく書いてはあっても、いわゆる「柔らかい」ものではない学術書だから、こうして生い立ちがわかると、ミーハー的興味も湧こうというものである。が、それは単に著者の人間味を増すというだけではなく、その研究者としての姿勢や思想すらより明確にしてくれるものであろう。小森陽一と言えば、知る人ぞ知る、ジャンルを越えて国文学研究に最新の批評理論などを導入し、新しい風を吹き込んだ一群の研究者の一人である。「脱境界」を掲げる時代にあって、こうした人たちの活動が、どれほどダイナミックな文化潮流を生み出しているかは言うまでもあるまい。私は必ずしも新しさを称揚するものではないが、彼らの破壊をも恐れぬ真摯な追求が、反論を生み再反論を生みして活発な議論を呼び、総じて文化に活力をもたらすことを歓迎したいと思う。 たまたま本書と同じ時期に、かのジャック・デリダへのインタビュー(『言葉にのって』、ちくま学芸文庫)を読んだのだが、デリダが、アルジェリアという「外部」に生まれ育った後に、フランス哲学界はおろか、世界の思想文化を震撼させたことと、小森氏が東欧から帰国し、半ば外国語である日本語をまず日常会話のレベルから学び、やがて日本語を総体として対象化し、さらには文学を日本での研究文脈の外から捉え直したことには、明らかにある種の類縁があると思われる。そうして小森氏の「人と思想」がよくわかり、かつ時代の知性の一つのあり方が納得される好個の読み物である。