日本史の教科書にも、「ポーツマス条約」、「条約改正」でかならず出てくるビッグネーム。先日最終回をやっていた『坂の上の雲』(テレビ)でも、日露戦争で日本が薄氷を踏むような勝利を得たあとでの、条約交渉担当の小村寿太郎の重い責務について語られていた。戦勝報道に酔っていた民衆に「弱腰外交」と攻撃される損な役回りだったことは、吉村昭『ポーツマスの旗』に余すところ無く書いてある。
しかし、アメリカ、ロシア、イギリス、韓国、清国に外交官として赴任し、外務次官、外務大臣を経験し・とまさしく小村が外交の中枢にいた事が、詳述されている。日英同盟の根幹も作っていたんですね・。外相に抜擢される前の駐清・駐朝公使時代や義和団事件への対応はなかなか目覚しく、なるほど抜擢されるだけのことはあると感心した。
「平時」よりも乱世に強いタイプの外交官という事で、まさに当時の日本が要求していた人だったのでしょう。
一時、相当な貧乏暮らしをしていたり(バイトの翻訳などもやったらしい)、子供のころの栄養不足で小柄だった(たえず駆け回って交渉にあたるので義和団戦争の講和会議では、rat minister(ねずみ公使)とあだ名を頂戴したらしい)とかエピソードが沢山紹介してある。一気に読んだ。