春に生まれたというのに、「小春」と「日和」と名付けられたふたごの物語。生まれ落ちた時、日和は丸々と太っていたのだけれど、小春はその半分ほどの体重。母親のおなかにいたとき日和がたくさん栄養をとってしまったから? だもので、幼い頃の二人はそんなに似ていなかったが、生まれてからの母親の食事差別(?)により、小学校では見分けがつかないほどに。ふたりは、両親のいい子として、仲良くふたごを生きている。母親に勧められたタップダンス教室。やり始めたとたん二人はそれに魅了されてしまう。発表会で目をとめたTVCMプランナーにくどかれて出演したケチャップのコマーシャルが大ヒット。二人は芸能界入りを反対する父親と、そうでもないらしい母親の板挟みに・・・。
と書けばなにやらドタバタユーモア小説のようですが、そうではなく、外装的には、一般人からアイドルへと変わってしまった自分たちへの違和感、そしてふたごという仕掛けからは、小春と日和の互いへの違和感と似ていることへの違和感、などがテンポのよい日和の言葉で語られていきます。なぜ語り手が日和になったのか?は、彼女が一番観察屋、つまりは、自分も含めた他者(自分が含まれるのが、今は重要です)へのまなざしの安定感故でしょう。時代設定は、花の中三トリオの頃。そしてザ・ピーナッツの引退のころ。ここに定めたのは野中自身の子ども時代でもあるからか、それともアイドル全盛期だったからかは判らないが、ノスタルジーになっていないところが、腕。
これを現代に持ってこれなかった辺りは、この違和感がもはや日常の物だからだと思う。野中はその始まりの辺りを描いてみせたのだ。そういえば、この時代設定より前に、開高健がTVのちびっ子アイドルの風景を描いていましたっけ。