「小さな」とついた、さほど厚くもない本ではあるが、決して「すぐ読める・・」「簡単・・」の類の「小さな・・」ではない哲学書である。
ピュタゴラス、ソクラテス、アリストテレス・・・・、各章のタイトルには哲学者たちの名前が並んでいる。前半は各章2,3ページずつ、それも一行30字余りの短さで綴られている。アランには「定義集」という名作があるが、哲学者の「定義集」といっていいような、アランらしい、短いが決して「要約」ではなく、アランによって厳密に抽出・精製され結晶させられた文章である。あるいは、原石から削って削って珠玉の一文が輝き出た、というところであろうか。
後半は「オーギュスト・コント」という一人の名のもとに、「諸学の体系」「三段階の社会的法則」などなどといった副題が並んでいる。翻訳者も解説しているが、コントの考えを述べながら、前半で見てきた哲学の流れを著者がもう一度つなぎなおしている、といった感じである。この本について、「歴代の哲学者の精神を削りだした珠を、コントという糸でつないでつくった作品」と翻訳者が書いているイメージはまったく言いえて妙、と思われる。
「社会心理学」や「家族」の項目で語られる、「生物学的関係を第一の基盤」とする実証主義の考え方は、生物学、動物行動学が近年示してきた人間や人間社会の考え方にとても近い感じがする。コントは「実証主義」「社会学の創設」というお定まりの概念しか知らなかったのだが、現代、もう一度評価されて良い部分があるのではないだろうかと感じさせられた。
もちろん、これはアランの「コントの解釈」であるので、アランの考え方と言った方がよいのだろう。アランはつねに肉体や運動が人間の精神活動の基盤である、と主張してきていたのだから。もっと評価されても、といいなおしたほうがいいのはアランなのかもしれない。
どの章を取り出しても、極上のコーヒーかワインのようにじっくりと味わうことができる、アランの文章。不思議な美しさもあるこの「小さな哲学史」は、小品ではあるがアランの著作の中でも「名品」に数えてよいと思う。