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かつて世界は人間と動物、個人と全体を区別することのない「対称性」の思考に彩られていた。そこでは支配 ― 被支配の隔てもなく、死と生の間にすら決定的な差異は認められていなかった。ところが、国家や一神教に象徴される「非対称性」の力が世のすみずみまで行きわたった結果、あらゆるところで深刻ないきづまりが生じているのだ。人類の本質が「対称性」にあるため、「非対称性」の社会では必然的に閉塞へ追い込まれていくのである。
とはいえ、今さら国家のない時代に戻ることなどできるはずもない。そこで示されるヒントのひとつが仏教である。じつは、仏教こそ対称性を極限まで磨きあげた思想なのだ。ここでは人間と動物は同じ「有情(うじょう)」(意識のある存在)であり、輪廻の輪の一部にすぎない。ゆえに、人は自然に対して倫理的にふるまうのである。こうした認識こそが、一神教型の世界を乗り越える原動力になるのではないか、と本書はいう。むろん、これはあくまで一つの理想型であるが、このように、ただ現状を分析するだけでなく、「ならば、どうしたらいいか」というところにまで踏み込む逞(たくま)しさが、中沢新一の魅力だろう。
著者もいうように、「対称性」を回復する試みはいままさに始まったばかりである。むしろ、スタートラインに立つためにこそ、この長いシリーズは語られてきたのかもしれない。知の冒険はこれからも果てなくつづいていく。だからこそ、講義の最後に発せられた「また会いましょう」という一言がいっそう感動的に響くのである。(大滝浩太郎)
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以前、中井久夫さんの『清陰星雨』(2002、みすず書房)を読んでいたら、新約聖書のパウロの手紙で面白い解釈が紹介されていて、それによると英語のconscienceをはじめ、フランス語、イタリア語、スペイン語は「良心」と「意識」が同じ言葉だそうです。西欧の精神医学は「無意識」という概念を認めるのに反発を覚え、無意識に行動が左右されるということは耐えられなかったのかもしれないと、中井さんは書いているのですが、中沢さんは「仏教のような思想伝統では、それは『無意識=意識がないもの』とは言わずに、いつさいの心的現象の基体をなか『心そのもの=心性』なのです」(p.77)として、仏教の可能性を追求していきます。
現代の思想に神話的思考が敗れ去ったいま、残されているのは「言語的な知性が発生するのに必要な『原初的抑圧』のシーンを、ことさら古代に取り上げて強調する宗教とは異なって、むしろこの『原初的抑圧』の向こう側に広がる、流動的知性の働きの中に踏み込んで、その働きを開花させて、ふつうの論理で動いている世界にその働きを持ち込んで、世界を変えようとする思想である」(p.178)とまで宣言するのです。p.148-151に記されたネパールで経験したチベット仏教の修行で経験し、殺される山羊を自分の母親であると観想し、山羊との同質性を感じて激しい感動におそわれたというシーンは、もしかして、この本のクライマックスなのかもしれない。しかし、中沢さんは仏教は宗教などではなく、思想である、とするのです。
これから、中沢さんの「最後の仏教」の探求が始まるのかな、と楽しみにはなってきます。
私たちの「心」は数万年前、現生人類の脳組織に起こった
変化以降、本質的な変化はしていないのだという。
その時、様々な知性領域を横断する「流動的知性」が発生した。
それはフロイトの言う「無意識(=対称性無意識)」と一致している。
その無意識は、アリストテレス的論理と違う幾つかの特徴をもつ。
それは1過去/未来という時間系列を知らず、
2自己/他者の分離が行われず、3部分と全体が一致している。
この一見私たちの普通に考える「知」のあり方から外れた思考様式は
しかし「心」の本質であり、その働きを無視して
人類の未来も幸福もないのだ、と筆者は言いたい様に思える。
よって無意識の抑圧を謀る現代社会に私たち人類の幸福はなく
心の働きを産み出している対称性無意識の働きによって
一神教によって作られた形而上学化された世界を
「自然化」することが肝要なのだという。
それを具体的な行動にどう移していくのか定かではないが、
通して読み終わった後、爽やかな知的昂奮に満たされることは間違いない。
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