本書のタイトルからは、イラク戦争で暗躍している民間軍事会社を思い浮かべることと思います。本書で紹介されている民間軍事会社の直接的な起源は93年、ソマリアの軍事介入の失敗によりブラックホーク2機と18名の米兵を失ったアメリカが、その後の麻薬戦争や軍事介入を元軍人により構成される民間業者に委託したことに始まると言います。目的は世論の批判を回避すること。これ以降軍事介入は我々の目に見えないものになってしまいまいした。
恐るべきは民間軍事会社がしばしば法的な真空地帯で活動していることです。ボスニア紛争終結後の介入(平和維持活動)、あるいはイラク戦争では、民間軍事会社は当該地域の法律、アメリカの法律どちらの適用も受けませんでした。現地でマフィア化して犯罪やビジネスに手を染めたり、倫理上の極めて重大な逸脱をした者がいても罪に問われることがなかったのです。残念なことに本書がいくら実態を暴いたところで、分かった頃には事態はとんでもないことになっていたし(イラク戦争の軍事刑務所がキューバにあるなどと誰が想像できるでしょう)、しかも彼らの活動は莫大な収益を得て事態は既に収束に向かっているのです。
しかし軍事会社の出現は公共セクターの民営化という観点から見ると、軍事セクターという公共の一部門の民営化に過ぎません。1950年代アメリカでの共産主義者のデータベース作成の委託、あるいは84年アメリカ、92年イギリスに出現した民間刑務所、9・11以降の安全保障部門の民営化。民営化を可能にしたのは企業経営者、政権、シンクタンクなどを行き来する、いわゆる回転ドアを通る人々でした。
日本でも刑務所の民営化が始まり、引き続き様々な民営化が模索されていますが、民営化の本当の意図は不明です。後の祭りにならないように願っています。小泉改革みたいな騙まし討ちはもうたくさんです。