“寺山がしたい仕事をするための時間を作り出すためなら、私にできるすべてのことをした。電話の応答、スケジュール調整、郵便物の返事、契約書のサイン、一切の金銭支払い、税金の申告、衣類の購入、洗濯と。薬と水は時間になったら忘れないように手の届くところに置いた。柑橘類は皮をむく手間をはぶくため、そのまま口に放りこめるようにお皿に盛った。歯医者には私が先に行って待合室で順番を待った。「この次」というときに、喫茶店で原稿を書いている寺山を電話で呼び出すのである”という本文引用を穂村弘の書評で見て、すぐにこの本を入手した。何か凄いものを感じたからだ。
寺山と言えば、私は奇跡的に最後の舞台を観ることができたが、あとはエッセイや短歌、映画の作家として、その才能に圧倒された。同時代を生き、芝居人としての寺山をもっと見られれば、と思ったものだ。
田中氏は寺山の秘書として、最も身近な女性として、己を捨てて寺山に尽くした。上記の他に、劇団天井桟敷の制作・照明もこなし、寺山の母はつとの折衝に追われ、寺山の介護をし、複雑な女性関係の交通整理までこなし、寺山の全てを知り尽くしていた。
ここで描かれるのは、天才寺山のイメージとは裏腹に、人の頼みを断われず、病をおしてもさまざまな仕事を引き受けてしまう寺山で、著者は寺山への絶対的な愛ゆえに、周辺の勝手な思惑や、寺山はつの横暴、主治医の非道ぶり等々に、さんざん悔しい思いをさせられる。その悔しさが本書の全てと言ってもいい。
時代の濃密な空気、驚くほど多彩な交友関係を示す、著名人の固有名詞、そして想像を絶する寺山はつの言動など、興味は尽きない。田中氏あってこその寺山だったのだとわかった。死に至るまでの凄絶な日々や、死後の周辺の勝手なふるまいを読むと、彼女の悔しさが、痛いほど伝わってくる。彼女は寺山の、病気以外の痛みを全て身代わりとして引き受けたのだろう。