1968年に出た同名本の再編集版である。随筆や放送原稿の集成で、実際の執筆はより古い。したがって、今時の芸人は出てこない。
安藤鶴夫といえば、芸能の生き字引のような人で、その道ではいわゆる大名跡である。よく言えば個性的な、味わい深い文章であるが、読点が多く、お世辞にも上手いとはいえない。つながりのよくわからない部分さえある。無名の書き手であれば、この外見ではよくて書き直し、たぶん門前払いであろう。しかし、本書の内容は寄席随想であるに留まらない。ここに綴られた著者の思い出は、東京で行われた度重なる「街殺し」(小林信彦)のためにほぼ絶滅して久しい、古きよき日本の情緒を伝える貴重な資料となっている。無機質で非情なメトロポリスの景観を「東京砂漠」だとか「TOKIO」だとか、歌謡曲には唄われたけれども、それは主として米国大都市の悪い部分の模倣であり、日本の伝統とは何ら関係がない。私たちが永久に失った風情を、本書はささやかに、しかし断固として現代に伝えている点で、本書が再刊された意義は大きい。また、寄席芸人たちの古い写真がたくさん掲載されているのも本書の価値を高めている。
発売直後、大手の書店でさえ本書が入手しにくかったのは、単に世の中が「第2次お笑いブーム」(著者が嫌悪する「わきの下を、くすぐるような芸」や、「出来そこないの顔や、むりにゆがめた顔で、客を笑わせようというような芸人」であふれている; p.44, p.187)だからではないであろう。