この作者の書くものはどれもそうであるように、
日本語の関節を外したような文章には独特の面白味があるし、
個々の断片にもそれなりの才知のきらめきはあるのだが
(たとえばバイカル湖を描写した一節)、
決してそれ以上のところには連れて行ってくれないというか、
おそらく作者自身、初めからそんなことを目指してもいない。
他のレビューでも指摘されているように、
タブッキの『インド夜想曲』を参考にして
書かれた作品であることは一目瞭然だが、
あの作品の主人公にはとりあえず
「行方不明の友人を探す」という目的があったし、
結末で一応の種明かしが用意されてもいた。
同じくミステリー仕立てにしてみたということか、
不穏めかした題名がつけられたこの作品、
二人称で呼ばれる主人公が旅をする理由は、
はじめのほうこそ「公演のため」などと書かれてはいるものの、
徐々に学生の頃の回想が入り込むにつれて曖昧となり、
要するに「単なる旅行」でしかないというか、
作者自身の旅日記からの引用であることは明らかで、
フィクションとしての構成が相対的に弱いというよりは
そもそもの頭から欠如している。
「互いにバラバラの乗客が同じ車室に乗り合わせた夜行列車」
というメタファーを最後に持ち出すことで、
作者はこの作品に統一を与えようとしている、というより
統一感のなさを言い繕っているのだが、
一見、身辺雑記のようにしか見えない保坂和志の作品群、
例えば『季節の記憶』や『カンバセイション・ピース』にも、
はっきり「ここで終わるのは必然」と思えるような
結末が用意されていたことからすると、
この作品のどうにも尻切れトンボ感の否めない終わり方には、
「またか」という感想を禁じ得なかったし、
もう少し意地悪い言い方をすれば、
海外での生活体験の豊富さと、小手先の文章のうまさに溺れて
今以上のレベルの作品を作ろうとしない作者の
自己満足のようなものを感じてしまったのも確かだ。