本書は、とかく焦点がぼやけがちな「家族論」を、「住まい」という目にみえる形に落とし込んで論じていく。戦後つくりだされた住空間が、夫婦や子どもにとってどのように機能しているのか、あるいは機能しなくなっていったのか。「精神科医K氏」との対話を通じて「会話」「女」「男」「子ども」「絆」「夫婦」「恋愛」など、8つの視点から模索する。
処女作『王を撃て』では、「'74年入社」や「'87年入社」とだけ表示される人間たちを登場させ、また、芥川賞受賞作『運転士』では、自己を仕事と同化させてしまった地下鉄運転士を描いた。小説家である著者は、外部から与えられた要因によって個人が規定されてしまう滑稽で空疎な世界をつくりあげたが、本書もまた、はからずも「父」や「母」、「子ども」の役柄だけが抜け殻のように残され、個人の姿がどこにも見えない家族の現状を浮き彫りにする。
アメリカでは、親に「なる」ための「ペアレンティング・プログラム」が実施されているという。「家族は『する』ものである。自然に『なる』ものではなくなった」とする著者の指摘は的を外していない。(中島正敏)
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家族の、いいえ夫婦の在り方を 2人して心得て欲しいとの願いを込めて。
この本は前作『「家をつくる」ということ』の結論と、多発している少年犯罪ををうけて書かれています。
・家族関係と住宅は密接につながっている、家は家族の単なる入れ物ではない。
家を造るときには、みな家族に対する理想を込めるもの。
つまり家族のあり方の表現形として家を見ていこうということです。
入れ物である家が家族のあり方を規定するということはいっていません。
・情感や気配を察することを家族のコミュニケーションと考えてきた日本の家族は、イエス、ノー、シロ、クロをはっきりさせる情報化時代に通用する言葉を持っていない。家庭の中に『対話を可能にする言葉』をつくる以外に、家族が生き延びる道はない。
家族が引き裂かれ、それが凶悪少年犯罪を生んでいる。
その中でいかに家族を守るのか?ということをこの本で語っています。
作者は芥川賞作家であり、正直言ってノンフィクションが専門の方ではありません。
ですから書かれている内容は、作者が感じたことであり、明確な結論を書こうとしていません。
それゆえ読み物として非常に面白く書き上がっています。
自分にこのテーマを読み取るには、読み手の方の素養が必要です。
最低、家庭を持っていること、家を建てようと考えている、という方でないとなかなか実感が湧かないのじゃないでしょうか?
インターネットマンション時代の家族をテーマにいろいろ調べている僕にとっては非常に示唆深い一冊でした。
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