宮崎あおいは本作で、2001年度ナント三大陸映画祭主演女優賞を受賞している。
このときの大賞は、アフガニスタンからの難民の少年を主人公とする、イランのアボルファズル・ジャリリ監督「
少年と砂漠のカフェ」。
両者に共通するのは、現代社会の矛盾に曝された年端もいかない少年少女が、良識あるとはいえない手段を用いてでも生き抜こうとする物語であること。
そうして、カメラがその様子をこの上もなく簡潔なスタイルで捉えていること。
とくに「害虫」のカメラのまなざしは、冷酷ともいえるほどで、
彼女のまわりにまとわりつく中年オヤジのみならず、彼女そのものまで害虫のように、冷徹に捉えられる。装飾的なBGMも殆どない。
心ならずも周りを破滅させ、みずからも堕ちていく少女の物語であるこの映画に、テーマ、スタイルとも最も近いのは、女の子を主人公とした青春映画などではなく(そのようなものを期待すれば、まちがいなく不快な気持ちになる)、ロベール・ブレッソンの「
少女ムシェット」であろう。
ただし、ムシェットは周囲の無理解のなか、絶望して最後には自殺する。たいして本作の宮崎あおいは、それが堕ちていくことであろうとも、生き抜こうとする。
本作の、劇場公開時のパンフレットに映画監督黒沢清がエッセイを寄せている。そこで黒沢は、溝口「
西鶴一代女」の田中絹代、フェリーニ「
カビリアの夜 完全版」のジュリエッタ・マシーナに匹敵する、堕ちようとも生き抜こうとする女性の輝きを、宮崎あおいに認めていた。
たしかに、ラストシーン、前方を見据える彼女の横顔は圧倒的な存在感で、観客をも置き去りにして前進していく。とすれば宮崎あおいは、溝口「
浪華悲歌」ラストの山田五十鈴にも匹敵しうる横顔の女優、といえるのかもしれない。