賢治生前に発行された唯一の詩集『春と修羅』(大正13年刊)には「心象スケッチ」と題名の前に記されている。この作品には自然科学用語や宗教用語がちりばめられ、一種独特な宇宙感覚がある。どの作品も根底にあるのは「万物の幸福を願う」人間愛の追求である。中でも「永訣の朝」は、近代詩以降、深く精神領域に人の心を引き込む名編である。
東北花巻地方の冬の初め、みぞれの降る日に、最愛の妹トシが25歳の若さで死に臨もうとする時の詩である。
けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
この呼びかけから始まる56行の詩は、次の5行で終わる。
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
このように最後を力強く結んでいる。自分を棄て、衆生とともに生きる菩薩の道に至高性を見出し、深い宗教の世界への感動を盛り上げている。「細川キヨ聞書」によれば、臨終の後、賢治は隣室に去り押入れに頭を突っ込み慟哭したという(雅)